第七回 またしても企画展。それから思い出したように、書物。

とんかつ:梅田くん、美術館とか博物館とか、そういう方面でなにか面白いのあった?
たたた: そうねー。美術館的にはいくつかあるけれど、去年の阿修羅展みたいにすごく話題になった展示はなかったですよね。大型展示は文化財なんかの「ご開帳」系が多かったですから。とはいえ、ICCはじめ、メディア芸術関係が今年は面白かったように思います。ひだらすのブログにも書いたけれど、ICCの特別展、三上晴子「欲望のコード」はよかった。壁や天井にカメラが無数に取り付けられて、それらが露悪的なまでに僕らを観るっていう展示で、薄暗い室内の中でカメラに取り付けられた無数の小型ライトと、投影用のモノクロームライトがものすごく怖かった。光が「照らす」ためではなくて「映す」ためにあるっていうね。
 この展示、機械に見られ続けることのぞっとするような嫌悪感を覚えて非常に印象に残っています。グロテスクではなくて整序された空間配置の美しさみたいなものには感じ入ってしまうんだけど、監視社会ってものの生理的なレベルでの恐ろしさをアピールしてて、とても批評的でしたし、例えば朗らかに「ネットで世界は1000%よくなる!!」みたいな技術主義的なものを信じていいのか、それは人の生理的なレベルで受け付けてはいけない闇を抱えてはいないか。そういうことを考えさせられました。

三上晴子「欲望のコード」
http://www.ntticc.or.jp/Archive/2011/Desire_of_Codes/index_j.html


*1

とんかつ: 最近ICCをまったくチェックしてなかったんだけど、まだあったんだ(笑)  なくなるとかそんな話、何年か前にあったよね?
たたた:ちゃんと初台にありますよ(笑) なんとか存続ってことなんだと思うけれど、続いて欲しい美術館再筆頭ですね。
とんかつICCのおとなりの、オペラシティ・アートギャラリーには今年も行った気がするぞ。何に行ったんだっけ…? (笑)
たたた: 何みにいったんだよ(笑)
とんかつ: ごめん、行ったの去年だった! 今年はいってねぇや(笑)。猪熊弦一郎見に行ったんだよ。
たたた: あああ、そういえば見に行ったっていってたよね。いま急に思い出した。
とんかつ: 言ったっけ?(笑) まああれはとても面白かったんだけど、去年の話なのでまあいいでしょう。あとはそうねぇ、話が前後して申し訳ないんだけど、本の話題に戻ると、今年の良かった本として外せないのをいっこ思い出したよ。
たたた: おお、なんですか?
とんかつ: 『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』。これは今年のガイブンベスト候補じゃないすか。梅田君は よんだ?

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

たたた: まだ読んでない〜。出たのは2月でしたっけね。柴田元幸訳で満を持しての登場でした。日本でもとても話題になりましたよね。
とんかつ: いやー、ありゃすげえよ。何といえばいいんだろう、現代のマジックリアリズムというコピーは非常に正しいコピーなんだけど、ガルシア・マルケスにしてもリョサにしても、マジックリアリズムっていう言葉にすごく違和感があるんだよ。だからオスカー・ワオを読んだ時も「マジックリアリズム」という言葉にすごくひっかかった。マルケスリョサよりも強く。本の中の時間の積み重ね方と時間軸と物語の奇妙さ、それにやたら瑞々しい細部とか、いろいろ特徴があるんだろうけど、その奇形っぷりが「オスカー・ワオ」は半端じゃなかった。なーんて言ったらいいんだろうなぁ。
たたた: なんて言われたらいいのだろう(笑) 基本はマジックリアリズム的な手法なんだけど、その極限的な形ってことなのかな?
とんかつ: たぶん、ああいう小説に極限的な形なんてものはないと思うし、だからこそ魔法的なリアリズムなんだろうけど、普通の、っていう言い方はおかしいけど、多くの小説比べた時のへんてこさがはんぱじゃなかった。うーむ、言葉が出てこなくてごめん(笑)
たたた: 作者のジュノ・ディアスってドミニカ生まれなんだよね。マグレブクレオール的な想像力の産物ってことなのかなぁ。
とんかつ: うーん、クレオール文化というか、抗いがたい「流れ」と「魔法(呪術)」に規定されて、翻弄されて、でもしぶとく生きていく人間たちと、彼らの持つ時間への賛歌、っていう感じ?(笑) ドイツの一部の小説と似た味わいはあるかも。トーマス・マンとか。
たたた: よけいわかんなくなってしまった(笑)。これは読んでみるしか無いっ! ってことだね。
とんかつ: そういうことで(笑)。でもおれが『百年の孤独』を読んだとき、最初に「近い!」と思った小説は、『楡家の人びと』でした。
とんかつ北杜夫も、今年なくなったね、そういえば。おれにとって特別な作家だったから、ちょっと悲しかった。
たたた: 訃報が相次ぐ年でした。
とんかつ: 訃報多かったね。 百科事典とかの年鑑の、物故の項はたぶん大変なことになってるはず。
たたた: うむ。談志までいなくなってしまった。凄まじい年だよ。

*1:写真はICCの時のものではない。ICCでの展示の時は部屋自体が暗く、無数の小型CCDにはそれぞれライトが取り付けられて一斉に挙動していた。