第六回 日常系/演劇/

とんかつ: 『けいおん!』はよく知らないけど、でも何かは起こるわけだし、全体での物語の起伏はあるんでしょう?  ワイズマンの映画は、常に何かが起こっているともいえるし、ずっと何も起こっていないとも言える。
たたた:ワイズマン観たくなってきた。なんの作品が面白い?
とんかつ: 個人的に超おすすめは、『臨死』。六時間半。
たたた: うぉ、六時間半・・・
とんかつ: 六時間半、ひたすら似たような緊急病院内での出来事が積み上げられていくと、そこにある瀕死の患者やその緊急性に麻痺していくし、ものすごく眠くなる。しかも寝て起きても、目の前にある画面は大して変わらない、というと言い過ぎかもしれないけど(笑)、でもそれが、「日常」だし、そういうことを自覚的に撮るって、とても恐ろしいことだと思うよ。そういう意味では、ワイズマンを正しく受け継ぎ、ドキュメンタリーのそういう力を呼び起こす作家こそ、柳下毅一郎がいま世界で一番注目すべき作家だと言ってる王兵だと思う。彼の『顔のない男』が上映されたことも、今年の映画好きの中でのトピックかも。
たたた: なるほどね。王兵はいま11年代を終えて改めて重要な作家だと認識させられます。いまは有楽町でやってるんだっけ。『鉄西区』も見なきゃなぁ。
 さて、映画以外だと、僕のばあいやっぱり演劇ですね。今年はベタなエンタメが面白かったです。3.11以前と以後で僕もうまく評価を統一できないんだけど、今年に限っていえば下手に震災や政治を意識した作品は上手くいかなかったように感じます。僕自身もそうだし、こうした大きく重たく社会的名テーマの作品群には、もう少し時間が必要なのかもしれません。そんななかでも【DULL-COLORED POP】の「セシウムベリージャム」はチェルノブイリ事故に材を取った作品で、今文字通り変な意味を持ってしまうに違いない素材を、内省的にしかし社会や制度の残酷さを余さず描いていました。狙ったのかどうかは分からないけれど、夏のころ、あの作品観てすごくいろいろ考えさせられましたね。ダルカラの俳優さんたちはほんっとに上手でアンサンブルがばちっと嵌っていて大好きです。
 エンタメでいえば、劇評書いたけど【荒川チョモランマ】の『偽善者日記』も面白かったし、最近見た【+1】『クリスマスエンド』は可愛い家族劇で、心温まる作品でした。三輪友美さんってなぜか小中学生の役ばっかりやらされる女優さんがいるんですが面白かったですね(笑)。 【+1】って、ここは年12回毎月芝居をするとゆう無茶苦茶なことをやってたみたいなんだけど、12月もお話の盛り上がりに物足りなさを感じつつも水準は超えてたかな、と思います。
 【Mrs.fictions】『サヨナラ・サイキック・オーケストラ』は、上手くいかなかったところもあったんだけど、キャラ作りとぐだぐだ感が面白くてふつーに楽しめました。こういうエンタメが観たかったんだよ! って叫びたくなるような爽やかさが気持ちよかった。【真夏の會】「エダニク」は絶賛発売中のBOLLARDに全編載ってますが、舌を巻くほど俳優も劇作も演出もぶっちぎっていた作品で、これはほんっとに中高生からでも観て欲しい!
 あと、【ろりえ】の『三鷹の怪物』とかも無駄にすごかったなぁ。いつかまとめて紹介したい劇団ですね。三鷹市芸術文化センターってバカでかい会場があるんだけど、そこに「ゴジラ」を舞台セットでまんま持ってくるというむちゃくちゃな芝居でした。天皇とか神話とか、過剰な超越性をもったガジェットにバカバカしいぐらい依存して物語を作る「デウスエクスマキナver0.1」とでもいうべき劇団なんですが、その無駄な壮大さが『三鷹の怪物』で一つの局地にたどり着いたと(笑)。出てくるのがゴジラ天皇に最強にお笑い芸人に某学会員に汚いジジイともうわけがわからない(笑)。この系譜の、ハチャメチャな劇団たちにも頑張って欲しいですね。
 あと、なんといっても【ままごと】の「あゆみ」。女の子の一生を複数の女優たちが象徴的/抽象的に表現するんだけど、本当になんというか、可愛らしくて肯定感がすごくてウルっとしちゃいます。芸術的な自由さや想像力のはばたきを感じて、ベタな言い方ですけどものすごく感動しました。年末の横浜赤レンガ倉庫で見たんだけど、レンガの温かさとマッチしたすばらしい舞台でしたね。
 特に印象にのこったものとしては【第七劇場】『チェーホフ かもめ』を挙げたいです。非常にアーティスティックな演劇で、シアタートラムというこれも大きな劇場をひとつのインスタレーションみたいに仕上げた作品でした。テキストもそうだし、演出も難しくて最初はいろいろピンとこないんだけど、何日か経つといろいろ見えてくるような霧みたいな作品でした。チェーホフのいろんなテクストを切り貼りする台本とか、机や椅子といったオブジェクトをそのまま使わないで、倒したり、動かしたり、まるで工具みたいにルーチンを形成する素材にしたりと、個別の動作の意図がわからなくても全体をきちんと構成していくことができる。別の言い方をすると言葉がなくても通用する劇団だと思います。実際フランスとかにもいってて、世界的にも評価されているんですよね。むしろ日本で知られてほしい(笑)。
【第七劇場】の特色っていろいろあげられるんだろうけど一番の見所は美しい舞台空間です。アシンメトリーなオブジェクトの配置や白と木地が際立つ配色とか、雪のふり物とか。鳴海康平さんって演出家さんがやってて、ぱっとみ怖いんだけど(笑) すごい良い人で、あの人からこういう美しい世界が立ち上がるんだと思うとちょっとドキドキしました(笑)。去年今年と、いろんな意味でチェーホフが人気で、なんとなく彼が残した作品を僕も読んだりするんだけど「じたばたするけど何も変わらない」っていうことをネガでもポジでもなく受け止めていくっていう作品が多いんですよね。めちゃくちゃたくさんの作品を書いた人だけど、初期条件が変わっても、環境が変わらない。そういう世界にたいする感覚はなんとなく、いまの日本にほんのりあってしまっているような感じがして、その空気感に接続する表現形態として、演劇は非常に優れているかもしれないなぁと思いました。2012年も面白い作品見に行きたいなあと思いますね。
とんかつチェーホフかぁ、そういえば今年のはじめの方まで、神奈川県立近代美術館葉山館で、ユーリ・ノルシュテインの展覧会やってたんだけど、彼の未完成の作品はチェーホフだった気がする、と思って調べたら、ゴーゴリの「外套」でした。ごめん(笑)
たたた: ぜんぜんちがうじゃんっ><(笑)
とんかつ: でもこの展示もすばらしっかった(笑) 語感も似てるじゃん、チェーホフゴーゴリ(笑)
たたた: にてるかなぁ(笑)。チェーホフチェ・ホンマンのほうが似てるよっ!
とんかつ: そうそう、そしてノルシュテイン展がやっていた神奈川県立近代美術館葉山館の今年の目玉は、たぶんモホイ=ナジ展だった気がします。これはヒジョーに面白かった。はじめてモホイ=ナジの作品が動いてるとこを見たけど、 あの機械のガチャコン感と有機的な感じは、なんともいえなかった。ライティングも作家が意図したものなのかどうかよく分からなかったけど、とても効果的だったように思います。