第四回 2011年総まとめ たたたんの選ぶ書物編

たたた: とんかつ君に語らせっぱなしでした。えっとねぇ。3月4月はほんとに落魄しててぜんぜん記憶にないんだよ。でも感覚的にいえば、話題になった本って、多く今年の後半にでたものが多かったかなーと思うな。
とんかつ: おれも挙げたのは、後半の本がほとんどだ。
たたた: 小説だと、本谷有希子さんの『ぬるい毒』がよく書けてて面白かったなぁ。あんまり本谷テイストのドタバタした感じではないんだけど、静かで陰険な男の「女の子をもてあそぶ」感じが新しい境地でした。震災前に雑誌に掲載されて、震災後に書籍になったんですよね。そういう意味では、妙に「変な意味」を持ってしまった本だったかもしれませんし、こういう本に面白いものがあったように感じます。

ぬるい毒

ぬるい毒

ただ、今年は小説ですごい話題作ってあんまりなかったかなとも思うんですよ。綿矢りさの『かわいそうだね』もあんまり話題にならなかったし、朝吹真理子さん西村賢太さんといった芥川賞組が、むしろ小説以外のところでけっこう盛んに活動していた印象がありますなぁ。
とんかつ: うーん。たしかに。
たたた: 面白い小説はたくさんあったのにね。それに、雑誌の廃刊休刊もあったりして、全体の低調感はいかんともしがたいですよ。柴田元幸編の『MONKEY BUSINESS』も終わっちゃったし、なんとなく全体的におもしろくないとゆうか、楽しめない年でしたかねぇ。僕自身の気分も落ち込んでいたし。
とんかつ: モンキービジネスが終わったのは、ちょっと残念だったよ、ぼくも。 最後の何号か、買わなかったけど。
たたた:ガイブン売れてないですものね。 でも、批評や評論は震災/原発関係を覗いてもわりと熱かったかな。おもいつくまま、適当にあげると宇野常寛『リトル・ピープルの時代』、東浩紀『一般意志2.0』、それから佐々木敦未知との遭遇』とか、國分功一郎『暇と退屈の倫理学』もそうですね。どれも面白かったところがたくさんあったし、個別のテーマが今後どうなるかはわかんないけど、けっこう実りのある年だったかなぁと思います。研究書なんかも面白い本がたくさんでたしね。
リトル・ピープルの時代

リトル・ピープルの時代

未知との遭遇―無限のセカイと有限のワタシ

未知との遭遇―無限のセカイと有限のワタシ

暇と退屈の倫理学

暇と退屈の倫理学

とんかつ: けっこう批評/評論読んでるのね。えらいわ(笑)。
たたた: まぁ流行ったのだけです。ビジネスや社会学、経済関係はぜんぜんだし。
とんかつ: どう? 最近の傾向とかってあるのかしら。
たたた: いろいろと変化や傾向を示すことはできるかもだけど、正直にゆって文化批評の傾向自体は00年代とあんまり変わらない印象があります。まどマギ本がでたりしていわゆるオタクカルチャーは熱かったし、ネット関係もSNSからゲーミフィケーションまでいろんなレベルで盛り上がった。そういう面も含めて00年代の継承が大きい、といっていいのではないでしょうか。あとDOMMUNEの本が出たりしたけれど、それも今年に始まったムーブメントじゃないですしね。評論/批評としては震災に対応する思考のパッケージをどう作るのかっていうアジェンダはあっただろうけれど、それが内容にまで強く反映している書籍ってあんまりない印象がありますね。雑誌ではまた震災なんかの特集組んでたりするけれども。
とんかつ: ふーむ。雑誌は、そうか。確かにね。
たたた: あと、障害や労働に関する本が話題になりましたね。大野更紗さんの『困ってるひと』とかね。でも、なんだか世の中のことを知りたくないので(笑) あんまりフォローしてない。レポートみたいなのが多いのも実はけっこう苦手で。
困ってるひと

困ってるひと

とんかつ: ちょっと前の、擁護/批判問わずの「若者論」みたいな感じかねぇ。
たたた:一括りにできるかどうか……。 ただ、村上裕一『ゴーストの条件』って例のゼロアカ道場の門下生の本がついにでましたね。それなりには話題になったけど、いまいち爆発力には欠けてしまったかもしれなくて残念で、僕まったく関係ないけど悔しい(笑)。分析的なところよりも著者の実存的な願望が反映された胸熱の一冊でした。
ゴーストの条件 クラウドを巡礼する想像力 (講談社BOX)

ゴーストの条件 クラウドを巡礼する想像力 (講談社BOX)

とんかつ: ああ、それ知らないや。
たたた:そうそう、とんかつ君も挙げてたけど『ねじまき少女』ってパオロ・バチガルピのSFが面白かった。サイバーパンク的でもあるハイテクノロジー感とスチームパンク的でもベタッとしたスラム感の融合したかっこよさね。チェシャ猫っていう『不思議の国のアリス』にでてくる姿を消す猫みたいに遺伝子改造された猫が闊歩する未来のタイっていう舞台設定がすごい。SF詳しくない人もあのガジェット感みたいなのにはめまいを覚えると思うな。ライトノベルやコミックも、むしろ去年一昨年ぐらいから話題の作品が、アニメ化や映画化をきっかけに盛り上がった印象がありますねぇ。
 それに、音楽批評関係の本が話題になりましたね。アルテスって出版社が『アルテス』という雑誌を発刊して、それから「いりぐちアルテス」っていうシリーズをはじめた。この「いりぐちアルテス」のシリーズ二冊目の『文化系のためのヒップホップ入門』って本が話題になったけれど、これが固有名詞連続でぜんぜん、わかんないだけど(笑)。すごく面白かったなぁ。音楽批評はいま興味深いシーンになりつつあるんじゃないでしょうか。このアルテスの動きは来年度以降も目が離せないなって思います。
アルテス Vol.1

アルテス Vol.1

文化系のためのヒップホップ入門 (いりぐちアルテス002)

文化系のためのヒップホップ入門 (いりぐちアルテス002)

とんかつ: 固有名詞連続の書き物って、書いてる方も楽しいしオモシロがれる人にはほんとに面白いんだけど、それっていいのかほんとに?(笑)。
たたた: ていうのはあるよね(笑)。でも、固有名詞がたくさんでてくるものってこれからもたくさん出てくると思うし、今後の入門書 ってそんな形しか有りえないと思っちゃう。知りたい個別の情報はウェブでいくらでも手に入るし、実際に見たり聞いたりした「あとで」効果がでてくるのはそういう、言い方に悩むけど辞書みたいな本じゃないでしょか。
とんかつ: うーむうーむ。いやおれさ、そういう書き方にはまってた時期があるんだけど、わかんねぇって言われて反省した経験があるもんで……。 まあでも、みんながネットユーザーになった時代は、そういう時代なのかしら。
たたた: うーん、どうだろうね。このまま紙の本が全部消えてブログとWIKIで知識形成するというディストピア的状況もありえますねw でも固有名詞を連発するっていうテイストの文章は消えないだろうと思います。
とんかつ: あーそうそう、固有名詞連続というと、こないだ笠井潔が出した『吸血鬼と精神分析』も、今までの小説の中で最強にペダンチックらしいですな。
吸血鬼と精神分析

吸血鬼と精神分析

たたた: あれ、面白そうですよね。読んでみたい。
とんかつ笠井潔、なーんか距離おいちゃうんだけど。一応、彼の今年出た本で、『探偵小説と叙述トリック』とかは読んだけど、やっぱきらいだった。いやさ、勉強になるにはなるんだけど……。 まあいいや(笑)。
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たたた: ええんかい(笑)!  あと「この一冊!」というのだと、酒井隆史通天閣』を挙げたいです。新大阪っていうか、大阪南部(ディープサウス)の文化史で、分厚くて実証的なんだけど、読みやすいし面白い。通天閣自体の本は何冊もあるんだけど、大阪の近代史でも侠客史でもあって、それが逆に東京や大文字の政治統制機構に対するアンチテーゼにもなっている。すごいおもしろかった。今年一番の本に勧めてもいいなぁと思ったよ。
通天閣 新・日本資本主義発達史

通天閣 新・日本資本主義発達史

とんかつ: はあはあはあはあ、あったね。塔と言えば、細馬宏通『浅草12階』も復刊されました。こっちも良書。
たたた: そうそう。スカイツリーに関する本もいろいろでたし、塔に関する展覧会とかもあったよね。2011年は「塔もの」が熱い年だったのかもしれませんねw
浅草十二階 塔の眺めと〈近代〉のまなざし

浅草十二階 塔の眺めと〈近代〉のまなざし

とんかつスカイツリー需要ってとこですなぁ。
たたた:そんなまとめ方ですか(笑)。