トム・ゴドウィン『冷たい方程式』

冷たい方程式 (ハヤカワ文庫SF)

冷たい方程式 (ハヤカワ文庫SF)

SFのアンソロジー。初心者に最適の入門書! という帯が踊って思わず手にとってみつつ、表題作をそういえば読んでなかったなぁと思ってそのまま購入しました。それぞれに作者が異なる9作品の短篇アンソロジー

一九八〇年に出版された旧版とは何作か入れ替えが行われいてるらしいのですが、詳細はあとがきにゆずります。


年代も国もばらばらですが「本当に良くできた」SFが収められていてSFファンならずとも楽しめる……というよりも、ふつーの人が「SFってこーいうの」のイメージ通りのストレートな作品が多い印象ですが、だからこそそれぞれが「未来」において無数の子供たちを残したことがくっきりとわかってくるような、非常に教養的なチョイスでもあるでしょう。


たとえばC・L・コットレルの「危険! 幼児逃亡中!」は超超能力をもった暴虐な幼女が施設から抜けだし、町を灰塵に帰しかける中で、罪の意識をもてない子供の暴力を止める大人たちの無力さをめぐる物語。大友克洋の作品を彷彿とさせますし、似たようなシチュエーションの作品はすぐに何作か思い浮かぶのではないでしょうか。


あるいは、ロバート・シェクリイの「徘徊許可証」は、地球の植民地だった森だらけの惑星が長い年月をへて地球との通信を回復したものの、地球とはあまりに異なる文化習慣が育ってしまって、地球の植民地に復するべく誰も見たことがない「犯罪者」を創りだそうとやっきになる話。滑稽で泣かせるユートピア物ですが、全体主義になってしまった地球と、自由で平和な惑星との対比は何か『ARIA』的な想像力の原初を感じさせるでしょう。



中でも、表題作の「冷たい方程式」は傑作の誉れ高き一作。『機動戦艦ナデシコ』の一話にも使われた、宇宙船の燃料と乗組員をめぐる悲劇。密航者がひとり紛れていただけで乗員全員が危機にさらされる宇宙航行の厳しさをひしひしと感じさせる、と同時に数理的な処理によって人の生を扱うべきかどうかの根源的な問いかけにもなっています。

この一冊全体を通して読むとき、SFというよりも今何気なく接しているさまざまな趣向の「あいだ」を思うでしょう。元ネタと一言でいわれるものよりも、なぜこうしたシチュエーションが必要とされるのか、どうしてこのような人物が造形されるのか。それがSFのもつ力…‥・なのかもしれないけれど、これらはある一つの趣向が優れているだけではないのです。そうした趣向が十全に発揮される様々なガジェットやテーマの完成度の高さこそが評価されるべきでしょう。
 よくできた物語が、どんな場所でどんなテーマをもってしまうのかをこそ知ることができる名作ぞろいだ、ということです。