ブックデザインに宿る意思。

難しい話、あるいは熱の入った演説、もしくは説教か、でなければ愛情の爆発とでもいうべき「萌え絵」についての長大な解説を聞いても、それなりに多くの人は「アニメっぽいのはちょっと」という心優しい一言か、でなければ「オタクきもちわるい」という本心があるのは正直いって認めたほうがいいらしい。
 

絵によって消費されるのがラノベなら、同じく絵によって、ライトノベルラノベ絵を嫌悪する人に読まれていない。美少女ないしようじょが描かれたカバーイラストがいつから標準的な作法になったのかよくわからないけれど、いくつかのラノベが一般文芸に「移植」されるに当たってカバーが無味とした「誰も嫌じゃない」感じに回収されてしまうのは、それはそれで面白くも残念な感じもしている。

ここでライトノベルなんぞや論争をするつもりは毛頭ないのだけれど、ちょっと目にとまったのでこういう本を買ってみた。

ミミズクと夜の王 (電撃文庫)

ミミズクと夜の王 (電撃文庫)

逆に目を引く、ということがある。萌え絵かキャラ絵を想定していた読み手が、ふとしたきっかけで立ち寄った本屋に、少し毛色の違う犬が一匹紛れ込んでいるのを見たとき。
ミミズクと夜の王』は2007年に初版。第十三回電撃小説大賞を獲った。ラノベの賞は、大賞がでないことで有名なのは周知のとおり。多くは「佳作」や「金賞」ぐらいまでの作品でデビューを勝ち取ることになっている。

 『ミミズクと夜の王』のカバーは磯野宏夫が手がけており、スクエニの看板タイトル『聖剣伝説』のイメージイラストでとにかく有名。彼が正統的なファンタジーのキャラクターをかけることは疑い得ないが、このカバーでは一目、キャラクターではなくて、その背景の「夜」こそが場面を支配している。こういうタッチをなんというのか知らないが、「絵で売る」電撃文庫の棚にあってかなり異色な色彩で目立っている。
 紅玉いづきの描く作品世界は、まるで童話のような展開で、描写もかすか、世界のバックグラウンドもまほとんど明らかにされない。自らをミミズクと名づけた少女が、魔物の住む森のなかに足を踏み入れる。魔物に「食われる」ことをねがうミミズクは、魔物のクロ、そして夜の王たる魔王と出会う。魔王にフクロウという名前を与えて、ミミズクは自分が魔王の描く絵に魅力されていることに気づき、フクロウのために赤い絵の具を手に入れるため、森の奥へと足を踏み入れる。一方、近隣の王国レッドアークでは、魔王討伐の計画が進められていた。

 ていう感じでしょうか。伏線の回収もうまく、ミミズクの天真爛漫というには重く暗い性格付けや、フクロウの孤独、王さまや騎士たちの視座もうまく書けていて、これでグロテスクな描写を消し去ればほんとに児童文学としても通用しそうな感じです。
 
 さらに、『ミミズクと夜の王』は、一枚も挿絵を挟み込まないという英断を下しています。「ジャケ買い」や「イラスト買い」を見込むこともできただろうけれど、それをやらない。あえてやらないのか。編集者の判断か、大人の事情かはわからないけれど、「絵」に回収させてしまわないで、しんどいけれどもミミズクやフクロウたちと付き合ってほしいんよ、という編集部からのメッセージとしてうけとるなら、それはそれでありなのでしょう*1

私安い話が書きたいのよ、と、熱に浮かされた病人みたいに、たち悪くくだを巻く酔っぱらいみたいによく言ったものです。私安い話を書きたいの。歴史になんて絶対残りたくない。使い捨てでいい。通過点でいいんだよ。大人になれば忘れられてしまうお話しで構わない。ただ、ただね。その一瞬だけ。心を動かすものが。光、みたいなものが。例えば本を読んだこともない誰か、本なんてつまんない難しいって思ってる、子供の、世界が開けるみたいにして。私が、そうだったみたいに。そういう、ね。ああ、小説を、書きたいな。

 僕はこの考え方があまり好きではないのですが*2、『ミミズクと夜の王』のあとがきとしてはなんとなくマッチしているなぁ、と思いました。絵本でもなくハードカバーのファンタジーでもなく、内容としてラノベの棚にあることに違和感はないのですが、ライトノベルにしては向けている読者がちょっと違う感じ。絵ではなくてお話でみせたい、この「みせたい」という意思を『夜とミミズクの王』では作品の内容、というよりも、カバーイラストや目次、章立てといった「ブックデザイン」に宿らせているんだよ、というのが今回のお話でした。そして、その「ブックデザイン」を一般向けの無個性なものではなくて、作品の内容とカバーがコミュニケーションを取る形でつくってるんだよ、というのもこのお話でした。

 こういうジャンルやパッケージからはみ出して、新しい読者めがけてブックデザインを刷新する試みは評価したいのです。あまりこうした試みは見られないようなありきたりなような、両方な気持ちがしていますが、どれ、調査はまた別の日に。今日はこのへんで。

*1:とかここまで書いておいて、これの大賞受賞時の記事でも読むとこの疑問は氷解するかもと思った。さがそう。

*2:言わなきゃいいけれど