ひだらすとんかつ一枚目!

各種同人誌即売会にひだらすが参加したのちのアフターは、なぜかとんかつ屋である。
そこには少なからず、ぼくの趣味と名前が影響しているのであろう。
その影響の責任を果たすために、ちょっとしたとんかつ小話と、今回のとんかつ評を書いておこう。


5月10日、蒲田での初めての文学フリマであった。
品川-蒲田のあたりには肉関係のメシ屋が多いように思われる。手元に資料がないので詳しく調べられない(筆者の部屋にはインターネット回線がまだ引かれていない!)のが残念であるが、とりあえず自分の部屋に転がっている古地図や本や、つたない記憶を頼りに考えてみることにする。まず、品川駅の港側である芝浦に昭和十一年、屠場ができる。これは現在の東京都中央卸売市場食肉市場芝浦屠場である。また、すでに閉鎖されてしまったので確認できないが、日本中のとんかつ屋で組織される全日本とんかつ連盟のHPにはかつて、毎年このあたりでとんかつとしてわれわれに食されることとなった豚の慰霊祭をやっていた、という話が載っていたように思う。

全日本とんかつ連盟会員証(写真は大井町の「丸八」にて撮影)


もちろん品川周辺のとんかつ屋の多さに関しては、そのあたりはサラリーマン街であるから、彼らのお昼を提供する場として、というのも大きいのだが、上記のような事情も関係しているのだろう。また、大森のあたりには江戸三台刑場の一つであった鈴が森刑場があった。あるいはまた、江戸三大刑場の一つであり、その中でももっとも有名な小塚原刑場のあった千住の周辺、つまり常磐線沿線の足立区、葛飾区にも美味いとんかつ屋が目白押しである。屠殺はかつて被差別民の仕事であり、人間の死体を扱うのも隠坊と呼ばれる被差別民の仕事であった。小塚原の方角は江戸の中心である江戸城から見ると艮の方角であり、つまり鬼門である。また芝浦、鈴が森の方角である南は火を意味し、悪いものを燃やすと良い方角である。ちなみに言えば、とんかつ御三家(ぽん多、蓬莱屋、双葉)のある上野の方角も艮、江戸城から見て千住の手前である。上野に関してはもともと繁華街であったところに最新のグルメを、というところであの界隈にとんかつ屋が多くできたのであろうが、城南地域と足立・葛飾の方向に関しては、もともとの住民の階級・仕事から、おそらく精肉屋が他の町より多かったのであったろうし、それが良質なとんかつ屋を生んだのかもしれない。またそれらの地域にはお寺さんが数多くあり(艮の方角には浅草寺、上野界隈の寺社。南には泉岳寺増上寺など)、古地図で見るとその一帯が赤くなっている(江戸期の地図では寺は赤く塗られる)ことも付記しておこう。先に書いたように手元に資料がないので、この推察はあくまでただの思いつきでしかないのだが、とにかくそんな地域にある蒲田でも、われわれひだらす同人一同はとんかつを食してきたのであった。


われわれが今回向かった店は、とんかつ鈴文(すずぶん)である。カウンターに10席、奥に5席の小さな町のとんかつ屋であるが、同時にそれなりに名の知られた名店でもある。最近改装してきれいになっており、改装後に訪れるのはぼくも初めてであった。
18時にこの店に訪れたときにはすでに店の外まで行列ができており、店内に入ってからも店員のおばちゃんは忙しそうである。席に着くとお茶(緑茶)と漬物が出てくるのだが、この店ではおしぼりが出ない。即売会で疲れきったわれわれの心を癒す、あったかいおしぼりで顔を拭く瞬間が訪れないのはなんとも残念であるが、気を取り直して茶をすすりながら注文をする。
主幹のたた氏はとんかつ定食(1300円)、いほらたっくはヒレかつ定食(1500円)、かつとんたろうと伊藤巧は特ロース定食(2100円)を注文する。待つこと20分と少し、特ロース定食は厚さ2センチ程度のとんかつが出てくる。
ヒレは棒状のヒレを輪切りにしたものが三つ、とんかつ定食は厚さ1.5センチ程度のとんかつである。実はぼくは昼にも一人でこの店でランチのとんかつ定食(985円)を食べており、その肉はとんかつ定食と同じ厚さ、肉質のものであったが、若干小さく切られていた。


  
特ロース全体               特ロース断面


特ロースの肉は脂が非常にミルキーで十分な旨みが感じられつつ、くさみもかなり抑えられている。下味ももちろんつけているのだろうが、これはやはり非常に上質の肉を使っていることからくるものだろう。ジューシーな肉汁が溢れてくるような種類のとんかつではないものの、豊かな脂でもって十分に口の中に風味が広がる。背中側の方に若干筋が残っていて噛み切りにくかったのは残念であるが、それは裏返せば肩ロースに近い肉を使っていたからであり、やはり良い肉なのである。
揚げの技術もさすがなもので、一口目にふっとパン粉の香りと味が口の中に広がり、くしゅっと噛むとパン粉はもう肉の邪魔をしない程度のパン粉の焼き具合であった。厚めの肉にもしっかりと衣が付いており、もっとも衣のつけにくい脂の側面でも衣の破れはない。揚げ油もちゃんと落とされているので、口の中でいやな油の残り方もしない。
キャベツは粗めに切られた手切りの千切りキャベツ、美味い。汁椀にはとん汁、若干しょうがで味付けがしてある。ニンジンがものすごく分厚いのだが、柔らかくて甘い。ご飯は若干柔らかめ。お代わり有料(半ライス100円)。漬物はぼちぼち、といったところ。お代わり有料の分を定食の値段に足すと、まぁまぁそれなりの値段かな、という気はする。混んでいたせいもあってこちらの注文に対する店員のおばちゃんの反応は遅れがちではあったが、食後のお茶を頼んだらほうじ茶を出してくれたことも評価したい点である。やはり優良店の一つだ。


なお蒲田にはもう一軒、名店といわれる丸一というとんかつ屋があるが、土日祝休みなので、イベント帰りに訪れることは不可能である。残念。

紹介されたお店

店名:鈴文(すずぶん)
住所;東京都大田区西蒲田5-19-11
アクセス:

URL:なし
外部評価:

(文責 かつとんたろう)