ナカゴー第10回本公演「黛さん、現る!」

 ひと月前、と思っていたのにひと月と十二日前になってしまった。

 ナカゴーの「黛さん、現る!」を見た。
 

 ここ数日ちょっと鬱々としていたのだけれど、さらにちょっと嫌な、とゆうよりも「悲しい」みたいな「切ない」みたいな、あるいは憤懣やるかたないようなことがあって、妙に気持ちが萎えていたところ、急にナカゴーのことを思い出して少しだけ書いておこうと思い至る。深夜二時である。今日はまだ水曜日だ。
 
 なぜか公式ホームページにも情報がない(なぜだ)このナカゴー第10回本公演「黛さん、現る!」。

 TwitterやFBの評判を見る限り評価はバカに高く、あるいはあまりのバカバカしさ(褒めてます)のあまりに褒める以外の選択肢がなくなってしまったかのような激賞の嵐であった。実際とネット上の評価はまぁ原理的に一致しないので、話半分にせよしばらく行っていなかったナカゴーを見に行こうと思いいたったのはやっぱり、これはすごい! とかつて思った劇団が成長(?)して立派に高い評価を請けるようになったことが嬉しかったのかもしれない。孫が育つのを見る爺さんの気持ちとはこれを十倍ぐらいに固めたものなのだろう。

 実はナカゴーは延々と気になっていた劇団ではあるものの、今回の「黛さん」を含めて三回しか見たことがない。一度目、二度目とも地味な短編で、もう一回アドリブ小劇場での公演を見に行く事ができそうだったのだけれど、その時は別件で用事ができて結局みにいくことができなかった。

 「黛さん、現る!」は正直に述べれば、全然おもしろくなかった。

 力点は「全然」にある。面白くはなかった。でもそれは面白くなくても全然かまわなかったのに、面白くない部分も面白い部分も「全然」だった、とゆうわけだ。話の筋は馬鹿らしいぐらい単純で、女の子たちが浮気をしているかもしれないという旧友のところに訪ねていくが、旧友は幽霊にとりつかれていてみんなで除霊をするはなし、というと中身もなにもありそうに思えるが、実際には話しの脈絡はほとんど無意味なもので、見所はほぼ後半部の3分の2を占めるゾンビと化した(?)俳優たちと、ただ一人正気(?)の女性(墨井鯨子)の熾烈というか狂気のバトルである。



ハンマーで相手をバシバシと殴り倒しながら、悲鳴と怒号を野生動物のようにあげる俳優たちは、俳優、とゆうよりもまるで黒ひげ危機一発の黒ひげのようなコメディ感でゾンビしていたし、これは演劇、とゆうよりもまるで「SIREN」や「バイオハザード」にでてくる倒しても倒してもしつこく復活する厄介なMOBたちのようで、演劇よりもホラーゲームとか「ゾンビ・ストリッパー」みたいなB級映画からの影響が強かったのかもしれない。どことなく「デッド・ライジング」のバカゲー感とか思い出しながらゲラゲラ笑っていた。



 とりわけ僕は篠原正明さんというナカゴーきっての名怪優が好きで、彼を目当てに「シベリア少女鉄道」も見に行ったのだし、Twitterではたまに絡んでくれるしというので楽しみにいったのだけれど、今作ではすっかりMOBになっていて若干毒気や期待もしぼんでしまった。ナカゴーではもうひとり、日野早希子さんという方も非常に好きな俳優のだけど、今作は出番なし。他の役者もみんな好きだ。あと、鎌田さんの独特の間合いでじわりと責め立てるセリフ回しと妙に映画的な演出。これもびっくりした。だが、今作はそれが全部不発で、不得手な徒手空拳で必至に相手を倒そうとする勇気、あるいはあえてレベルの低い武器で強敵に挑むモンスターハンターの狩人のような、しかしそれは冒険心とかそういうのじゃない気もするので、僕はあまり高い評価を与えることができなかった。笑いには二つあると思う。幸せな笑いと、虚しい笑いだ。今回は後者だった。笑ったけれど、笑ったのだけれど、それが幸せにつながっていかない。この切断をナカゴーの作品でみてしまったことに、僕は一方的な裏切られた感みたいなものさえ覚えた。



 つまり、僕の評価は、ナカゴーの「黛さん」はSIRENの続編としてみれば中々笑えたものの演劇としては物足りない、というものだ。これはナカゴーがつまらなくなったというわけではまったくな、話の筋や導線や暴力や、あるいは実験的にたちむかう蛮勇でも観客に負けないタフネスでもなんでもいいけれど、そういう「余剰」の薄い作品を僕自身があまり楽しめなってしまったことが最大の原因なのかもしれないとしみじみ思う。それはあらゆる劇団に訪れるものなのだ、とある人はいう。昨日までの馬鹿騒ぎが今日は虚しいものにおもえる、とか。



 ワインを飲みながら書いていたのにワインが尽きてしまった。



 本当はもう少し、ナカゴーが映画的な作品から演劇のほうに近づいているように思うとか、壮大なスケールの多幸感とかについてもいろいろと書くことがあるのかもしれないけれど、たまには深夜に、流速の早い演劇の世界の、ちょっと前の作品について語るのもいいだろう。




 演劇を見に行くのはお金がかかるのだけれど、ポーラ財団さんあたり援助してくれませんかね。とか思いながら寝ることにします。おやすみなさい。