いろんなことの中で。
重版を待っている人たちのためにもネタを明かすことはしません。
ここに書きとめる文章は書評でも評論でもなく、僕の「とはずがたり」のようなものです。
まず、1Q84は明らかに読むに値する小説です。
物語としてとても強い強度を持っている。
高速道路の非常階段から降りるシーン。空に浮かぶ月の。不思議な少女たちの言葉。どこに注目してもいい。台詞もいい。細やかな性交の描写も僕は嫌いじゃない。ミステリーとしても、あるいはファンタジーとしても、もしくはビッグブラザーの代わりにリトル・ピープルが世界を支配する政治小説としても読める。
一人の女性の、その軽やかで冷淡で、でもどこまでも寂しさに付きまとわれる乳房のサイズが左右で違う女性の物語として読む時間を大切にするのも、あるいは強靭な体躯を持つ予備校の講師が、一人の悪友に誘われて冒険をする話として読むのもよいでしょう。
強度の強い作品です。
女性の話です。あるいはネズミとヒツジが死ぬ話かもしれません。何か超越的なものに関する説教でもあるかもしれないし、矮小な思惟の無駄さを嘆かせる鈴かもしれません。
男性の話です。あるいは人と人が生きて関係を結ぶのは、別に人間同士でなくてもいいと伝えているかもしれません。人間同士の対話しかめぐらない話かもしれません。崇高である意味を探す話かもしれません。
そうであるにせよそうでないにせよ、あるいは村上春樹のほかの作品との連関の中に位置づけるにせよ、二〇〇九年の六月にでたただのとても面白いミステリー/SF/リアリズム小説として読むにせよ。それらの自由を存分に担保する本です。
ついでに、ヤナーチェックを聞くのもいいでしょう。物語に重要な音楽であるかのようにあなたの人生に必要なものかもしれません。
あるいは『一九八四年』を読むのもいいでしょう。ビッグブラザーの友愛に耳を貸すことで、リトルピープルのささやきを聞き届ける力があるかもしれません。
『1Q84』はついでに、僕が生まれた年を暗示しています。僕が生まれた年から一歩はなれた場所にあるパラレルな「偽史」の、その偽者であることの真正さにおいて、この物語は継続していくかもしれません。
とりあえずあなたは、明後日増刷がかかる『1Q84』を買いもとめ、ドトールコーヒかスターバックスに篭って一巻を読むことを薦めます。
村上春樹は、いやおうなしに「文学」の柱に寄ろうとするものの視界に入る巨塔です。それを無視して通り過ぎることもできるけれど、高い塔に登らないことを僕は損だと思うのです。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/05/29
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