偉大なる西部への鎮魂歌

ウエスタン [DVD]

ウエスタン [DVD]

 『アウトレイジ』が(主に実録系)ヤクザ映画への鎮魂歌であったのと同様に、セルジオ・レオーネによる『ウェスタン』(1968年、パラマウント)は、(主にアメリカの正統的)西部劇へのそれである。
 この映画が制作された1960年代、アメリカでは人権意識の向上やベトナム戦争の影響などもあり、単純な勧善懲悪ものの映画が受けなくなってきており、西部劇はその最たるものとして特にハリウッドからは敬遠されつつあった。そんな中、新たな西部劇の提供国として表れたのがイタリア、そのイタリア製ウェスタン(またはマカロニ / スパゲッティ・ウェスタン)を代表する映画監督が、セルジオ・レオーネである。マカロニの特徴は、一般的には必ずしも正義のヒーローではない主人公、それに派手なガンアクションなどが特徴とされている。代表作は『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』などだ。

 ところがこの映画は、単純にストーリーだけを追うと、いわゆるマカロニ的ではない。伝統的西部劇の、勧善懲悪的な構図なのだ。しかし主人公の「ハーモニカ」にチャールズ・ブロンソン、敵役にヘンリー・フォンダを当てており、これは1950年代の西部劇であれば、一見するとインディアンのようにも見えるブロンソンが敵役、白人で碧眼、それにスター俳優のフォンダが主人公となるはずなのだ。それを敢えて逆にしてみせたのは、これが伝統的な西部劇に見えて、しかし実際にはそうではないことの証拠の一つだ。
 しかしまた、それでも西部劇を愛してやまないレオーネは、本作中にさまざまな伝統的西部劇へのオマージュを散りばめている。たとえば、冒頭の列車が来るシーンは『真昼の決闘』から、シャイアンがジルに言う別れのセリフは『シェーン』から、またほとんど意味もなく入っているよう見えるモニュメント・バレーのカットは、実はジョン・フォード・ポイント(西部劇史上最大の映画監督、ジョン・フォードが好んで撮影に使った、モニュメント・バレーが一望できる場所)からの撮影であったり、ほかにも『捜索者』、『ウィンチェスター銃 ’73』などなど、盛り沢山だ。詳しくはDVDに収められている特典映像で、スタッフたちが解説してくれているので、それを見るといいだろう。

 銃を腰に下げた荒くれ者たちが、馬にまたがり、町を転々とするような「西部」の時代は、汽車に乗った都会のビジネスマンがやってきて、大きな街を作り、商業を発展させることによって終わりを迎える。それを伝統的西部劇の終焉と重ねあわせてみせたのが、この作品の肝だ。
 最後のシーン、主人公のハーモニカと呼ばれる男が、敵役である鉄道王、ビジネスマンのモートン(しかも、彼は足が悪くて馬に乗ることも出来ず、ずっと汽車に乗っている)が死んだのちに、決闘相手のフランクに、「モートンは死んだが、第二、第三のモートンが出てきて、おれたちみたいなやつらは消されちまう」と言って決闘へと向かう。そして、40年代にはジョン・ウェインと並んで、ジョン・フォード映画の常連として鳴らした、言ってしまえば西部劇を象徴する俳優の一人であるヘンリー・フォンダが倒れるのだ。フォンダはこの映画が初の悪役、つまり彼がやられたのはこの映画が最初であり、これをもってして、「西部」は終わる。これはそのような、「西部」を愛する者が、いままさに無くなりつつある「西部」への悲しみや諦め、そういった複雑な思いをまるごと西部への愛情で包んでみせた、美しい鎮魂歌なのだ。

 蛇足になるが、最後に、西部劇の鎮魂歌として『ウェスタン』と双璧をなす、サム・ペキンパーの『砂漠の流れ者』(1970年、ワーナー)にも、少しだけ触れておこう。時代の大きな流れをある種の叙事詩的に、大きな枠組みでもって見せた『ウェスタン』とは正反対に、時代の終わりを個人の体験を通して、小さな物語として優しく描いた作品だ。この映画の主人公が、『ウェスタン』で主人公の相棒役、シャイアンを演じたジェイソン・ロバーズだということも興味深い。これもまた傑作。西部の終焉を見るのであれば、この二本は必見だ。(かつとんたろう)

  • エスタン
  • C'era una volta il West
  • Once Upon a Time in the West

監督 セルジオ・レオーネ
脚本 セルジオ・レオーネ
セルジオ・ドナティ
ミッキー・ノックス(英語版台詞)
原案 ダリオ・アルジェント
ベルナルド・ベルトルッチ
セルジオ・レオーネ
製作 フルビオ・モルセッラ
製作総指揮 ビーノ・チコーニャ
出演者 チャールズ・ブロンソン
クラウディア・カルディナーレ
ヘンリー・フォンダ
ジェイソン・ロバーズ
音楽 エンニオ・モリコーネ
撮影 トニーノ・デリ・コリ
編集 ニーノ・バラーリ
製作会社 セルジオ・レオーネ・フィルム
ラフラン=サンマルコ・プロダクション
配給 パラマウント映画
公開 イタリアの旗 1968年12月21日
日本の旗 1969年10月4日